0122.介護施設長の入所者虐待

組織論

お、追いつかない><;)。介護施設での職員による虐待や殺人事件を見てきましたが、今度は施設長による入所者暴行事件ですか。

中日新聞によると、「2025/11/25岐阜県警岐阜羽島署は同県羽島市の「NPO法人グループホーム幸の里」の施設長の大塚律代容疑者(72)を暴行容疑で逮捕した。」とのこと。「大塚容疑者は、調べに対して容疑を認めています。このグループホームをめぐっては、71歳から88歳の入所者男女3人に対し暴行を加えた疑いで、別の介護士の女が今月16日にすでに逮捕されていて、警察は職員らが日常的に入所者に虐待をしていた可能性もあるとみて捜査しています。」だそうです。

書いているうちに別件が入りました。朝日新聞によると「2025/11/26兵庫県警は兵庫県三田市東本庄の介護職員上竹英(あきら)容疑者(22)を障害者施設の入所者の男性をひざ蹴りして左目の眼球を破裂させて失明させたとして傷害の疑いで逮捕した。」とのこと。「男性の態度に腹が立った」と容疑を認めているといいます。男性は知的障害などがあり、意思疎通が難しい状態だという。その後、施設側が調査を進めたが、上竹容疑者は関与を認めていなかったという。9月下旬に施設側から県警に相談があった。防犯カメラなどを捜査し、上竹容疑者に任意で事情を聴いたところ、関与を認めたといいます。

次から次へともう・・・。みなさん。ここまで続くと、これはもう、「ごく一部の事業者もしくは介護職員による極めて稀な、不運な事件」と片付けるのは、チョット無理ですよね?

虐待・殺人事件の核心

しあは最初に、厚生労働省がどんな分析と対策を打ち出してきているか調べてみました。中身はおいおいお伝えしますが、調べてみて思うのです。案の定、厚労省はまた的を外しているようです。介護職員の人材育成については問題意識をもち、最大限の努力をしていることはわかりました。でも、教育推進の方法や焦点の当て方が間違っているようです。そして、事実だけを言うなら、

介護士や看護師のみなさんは、人権が大切だと言う結論は学んでいますが、人権って何なのか?なぜ人権が大切なのか?が解ってないし、内心、相手を人権を持った人間だと思っていませんよね?

ということに尽きます。エーーー!ほんとですか?しあもたいがいヒドイこと言いますよね。自分で書いておいて、ビックリする論理的帰結です。いや、でもこれは解釈の問題とかじゃなくて、事実を直視すると、そういうことにしかならないんです。

・・・しあは別に皮肉を言ってからかっているわけではないですよ。できれば「それは違う!」と断固否定していただけるなら安心です。でも、介護などの対人援助関連のお仕事に誠実に向かい合っている方々なら、人権の尊重というのは言うほど簡単じゃないことに、とっくに気づいているのではないでしょうか?そして、何度も言うように、これは一部の特殊事例ではありません。不特定多数の施設から繰り返し同様の虐待殺人事件が発生している事実を見ると、これは介護看護業界全体に共通する傾向だとしか読み取れないんです。本当の課題は、「人間は他人の人格を最初から尊重するようにはできていない」「尊重していたつもりであっても、いとも簡単に人をモノとして扱うようになる」という事実から出発し、それでも、お互いを支えあう社会を作っていくということだと思うのですが、どうでしょうか?

もちろん、全国200数十万人の介護士さんの中で事件を起こす確率は1万分の1程度に過ぎないので、「特殊事例だ」と反論したい気持ちは判ります。でも、普通、1万分の9999側の大多数の人が本心から人権を尊重していれば、同調圧力の仕組みを考えても、それに反する価値観など摺りつぶされて消滅しているはずなのです。事件の施設長の場合、施設ぐるみで人権否定の価値観を共有化していたようですね。同調圧力と言うのは、いい方にも悪い方にもしっかり働いているものです。

つまり、厚労省は問題意識を持って人材育成を促進しながらも、事件の施設長の例からも判るとおり、あちこち教育推進の遅れやアナがあるだけでなく、肝心の人権教育が本質的なところでできていない、というのがしあの分析です。もちろん人権教育の不足だけが事件の原因とは言いませんが、世の中、人権否定の環境要因が渦巻いているのです。そんな中、守りの要ともいうべき「人権尊重の意識」が無いまま介護や看護に携わると、虐待や殺人事件が起こるのはほぼ自然現象です。だとすると、人権に対する根源的理解は職務上不可欠だと思うのですが、実態としては「知ってるフリ」がまかり通っていると思うのです。

そして、告白します。しあ自身に限って言えば、しあは人権尊重の価値観なんて持ってないです。それでも形式的には相手の人権を尊重するのは、逆に人権を脅かされたら困るからに過ぎません。もしも、しあの人権を踏みにじる人が目の前に現れたら、磨き上げた爪でお顔に消えない十字架を刻んで差し上げることになります。その程度ですよ、しあの人権意識なんて。では、介護士や看護師のみなさんはどうなのでしょう?たとえそれがヒットラーやプーチンであっても優しく介護看護されるのですよね?看護の対象が、我が子を後ろから頭を撃ってを殺した侵略国の兵士でも、必要ならおむつを替えたりするんですよね?どんな人にも人権があるのですから、それが宮崎勤のような幼女連続殺人犯でも死刑は絶対反対ですよね?

ゴメンナサイ。言い過ぎました。でも、人権って、そんな簡単な話じゃないってことから始めないと、この問題は永遠に解けないと思うのです。人類は、理屈では人権を尊重すると言いますが、本音でそう思っている人はいるんでしょうか?しあには確証がありません。ここを直視しない限り、この矛盾を乗り越えることは難しいだろうと思うのです。

厚労省の原因分析

さて、それでは厚労省が考える虐待の原因とはどんなものでしょうか?もちろん、大量の調査分析から虐待要因がきっちり分類整理されています。その中からいくつかをご紹介しておきます。

厚労省「高齢者虐待防止法に基づく対応状況等調査」

厚労省は毎年、虐待が認定された事例について発生要因を集計しています。令和6年度調査では、施設従事者による虐待の発生要因として、

  • 虐待や権利擁護・身体拘束に関する知識・意識の不足(75.9%)
  • 倫理観・理念の欠如(64.3%)
  • ストレス・感情コントロールの問題(62.5%)
  • 性格や資質の問題(62.0%)
  • 指導管理体制が不十分(61.9%)

などが上位でした。

厚労省老人保健健康増進等事業「養介護施設従事者等による高齢者虐待の背景要因」

認知症介護研究・研修仙台センターが厚労省事業としてまとめた資料では、高齢者虐待の背景要因を

  • 組織運営
  • チームアプローチ
  • ケアの質
  • 倫理観とコンプライアンス
  • 負担・ストレスと組織風土

に分類しています。これはまさに虐待は加害者個人だけで起こるのではなく、組織全体が生み出す問題であるという見方です。

背景・要因をさらに細かく整理した資料

同じ厚労省系研究では、背景要因を次のように整理しています。

①社会的背景・制度要因
  • 人員基準を満たしていても現場運営が困難
  • 求人応募が少ない
  • 採用基準を下げざるを得ない
②人員不足要因
  • 職員の慢性的疲弊
  • 研修の余裕がない
  • 不適切介護を注意できない
  • 離職を恐れて指導できない
③個人要因
  • 倫理観の希薄化
  • マニュアル不遵守
  • 管理職の能力不足
④組織要因
  • 研修体制不足
  • 委員会が機能していない
  • 情報共有不足
  • チームケア不全
  • 苦情処理機能不全
⑤組織文化要因
  • 良識ある職員が声を上げられない
  • 倫理感覚の麻痺
  • 身体拘束が慣行化
  • 内部牽制が効かない

と整理されています。

まとめ方はいろいろあるとは思いますが、厚労省は施設虐待を、職員個人の資質だけではなく、組織運営、教育体制、職員間の関係性、組織風土、人員不足などの構造的要因が重なって生じる問題として捉えている、ということでしょう。しあも異論はありません。ありませんが・・・、これ、もう少し要点整理できそうです。

虐待防止対策3つの領域

厚労省の分析はさすがですが、問題の解決にひきつけて虐待原因を整理してみると、以下の3つの領域にまとめられそうです。

  1. 組織管理能力の不足
  2. 職務遂行能力の不足
  3. 基礎教育の不足

順番に見ていきましょう。

組織管理能力の不足

受け入れ態勢の準備不足

虐待の原因の一つとして人員不足が挙げられています。そして職員の慢性的不足の原因は低賃金にもあるという指摘は否定しません。しかし、せっかく多くの職員が入職してきても、入職して1年未満、3か月以内の離職が多数発生していたと言う現象を見ると、それは低賃金だけが理由とは言えないでしょう。受け入れ態勢の不備が見て取れます。つまり、人員不足は入職者が少なかったのではなく、管理者の人材指導能力の不足からくる「身から出たサビ」という疑いが濃厚です。

チーム内調整能力の不足

チームケア不全や職員間の人間関係によるストレス、感情コントロールの問題も、元をたどれば管理者の能力不足が原因でしょう。(しあは、こうした労働集約型の職場の管理がとんでもなく大変なことを知っています。能力不足をなじるつもりは全くありません。問題は、管理能力がないことを自覚していないこと、能力開発に努力してないことです。)目標管理や動機付け理論に基づく組織管理や仕組み作りは簡単なものではありませんが、これを乗り越えないことには新人が入っては辞めると言う積み木崩しはいつまでも終わりません。

経営管理能力の不足

倫理観とコンプライアンスの不徹底や組織文化要因は、完全に経営者の知識および能力不足です。組織文化は経営者を起点に、意図的に構築し浸透させていくものです。(こうした取り組みを「組織開発(Organization Development)」と言います。)さらに、採用基準を下げざるを得ない、という記述がありましたが、それが社会環境なのですから、そうした人材でも仕事ができるように対応するのが経営管理です。問題を環境のせいにしている段階で経営能力の不足が判ります。実際に、離職率を抑え採用に問題がないと回答する事業所だって半数はあるのですから、できないのはその経営者の能力不足の問題です。また、経営者個人の属人的能力も問題ですが、仕組みとしての業務管理、体制づくりも遅れているようです。それも経営者の知識能力不足としてまとめられます。

このように、厚労省の原因分析は細かく分類していますが、実際は経営者、管理者の能力不足が根本原因であることが見えてきます。ここをなんとかしないと、どんな改善計画も前に進みません。経営者の理解が無ければ、現場からの的確な改善提案も無視されることになるからです。

職務遂行能力の不足

厚労省の分析では、人手不足による業務圧力によるストレス、職場で発生する業務上のストレス、感情コントロールの弱さなどが虐待原因であると指摘していました。逆に言えば、

  1. 業務効率の向上
  2. 対人支援スキルの向上(身体・精神)
  3. メンタルヘルス能力の向上

が個人的にも組織的にも推進され、仕事がスムーズに遂行できるようになれば虐待も抑制されるだろうという理屈は、その通りだと思うのです。

これら3項目は対人支援職にとっては特別なことではなく日常業務に求められる職務遂行能力です。言ってみればできて当たり前のはずなのですが、実際には簡単ではないようです。厚労省も分析している通り、この日常の職務遂行能力不足がストレスと虐待の一因となっているのが現状のようです。

1.業務効率の向上は、一般のどんな会社でも取り組んでいることなので、問題にならないようにも思うのですが、どうしたものか、介護の業界ではここも一つの重荷になっているようです。介護の業界はそうした普通の業務効率化に取り組まなくとも仕事が成り立ってきた業界、つまり身体および精神的介護に向き合ってさえいれば経営が成り立ってきた業界なので、ここを苦手としている人が思っている以上に多いという実態があります。エクセル使えない、ワープロ使えない、キーボードを触ること自体が大きなストレスだ、という人もいるようです。今流行の「プロジェクト管理ツール」などのソフトを使いこなせる人材となるとごく少数となってしまいます。1.についてはこうした基礎力、情報リテラシーの不足が根底に横たわっています。

対人支援の仕事に特有なものとして難しいのは、2.対人支援スキルの向上(身体・精神)、3.メンタルヘルス能力の向上ですが、その領域こそが対人支援職に期待される専門性であったはずです。介護の場合、看護とは違い必ずしも国家資格がなくとも従事することができるわけですが、それはあまりに急激に拡大した社会福祉サービスと大量の新人職員の流入に対応するための緊急措置であったわけで、これら専門性についていつまでも無理解でいて良いとは誰も言っていませんし、思ってもいないことでしょう。難しいと言って避けていてよいお話ではありません。ただ残念ながら厚労省の分析では、虐待の原因の一部はこの日常の職務遂行能力の不足にある、と指摘しているのが現状です。

以下、ひとつひとつ見ていきましょう。

業務効率の向上

厚労省も介護テクノロジーの利用促進を打ち出し、ICT導入支援事業、介護ロボット導入支援事業、生産性向上推進体制加算、LIFE(科学的介護情報システム)、ケアプランデータ連携システムなどを次々と整備しています。しかし、それを受け入れて導入が進む事業所とそうでない事業所の二極化が進んでいると言われます。その理由は様々なようですが、中には、先ほど指摘した「エクセルが使えない」「パソコンに不慣れで情報共有がうまくいかない」などの原因もあるようです。その当事者が経営者や組織管理者だった場合は、そもそも導入を敬遠するという形で現れたりしているようです。虐待防止を目指すなら苦手を理由に避けることなく、慌てることなく、しかし確実に導入を進めて欲しいと思うのです。

しかしテクノロジー以前にもやることは山ほどありそうです。新人の受け入れ育成を円滑化するためには、新人個別に教育計画と実施記録を用意しないと、誰がどこまで指導したかさえ判らなくなります。「思い付き指導」の空回りは指導する側にも指導を受ける側にもストレスとなって現れます。ところが実際にはそんなOJT計画書すらない事業所があるようです。さらに基本的なことに、業務マニュアルはどこの事業所でもほとんど見かけないようです。口頭指導が当然だった時代が長すぎたのでしょうか?マニュアルを作る能力がないからなのでしょうか?しかしそれでは新人は自分で自己チェック・復習する方法が無く、そんな中「覚えが悪い」との評価を繰り返されれば憤るに決まっています。指導方法の劣悪さが高い離職率に現れていた可能性があります。業務を効率化するために有効なツール、制度、仕組みがないことがストレス発生の原因となり、虐待を生み出すことともなりえます。

なお、こうした改善が進まない原因の一つには、「今までこうして学んできた」「自分たちはしっかりとした指導が出来ている」という信念が横たわっているようです。一般に、閉じられた環境においては、他との比較もできないため、自分と違う方法があることにも気付けず、従来の在り方を肯定する傾向が強まっていきます。介護業界のように、従来の方法で大過なく経営が成り立ってきた業界においては、新たな経営管理や指導方法を学ばなければならない危機的状況がなかったことが、そうした固定化した組織風土をもたらしたのかもしれません。

また、交代シフト制のある業種業態にありがちですが、情報共有が容易ではありません。一度に全員が集まる機会を作ることが難しいからです。情報もれを防ぐ方法も工夫のしようがありそうです。また社会福祉はチームケアが原則ですが、話し合いの進め方も基本を学んでいないせいか、マネジメントが機能していないことが指摘されています。限られた打ち合わせ時間の中では一番効率の高い上意下達式の統制型組織管理に頼りがちな事情は推察できますが、その形態は職員の自発的取り組みや相互協力などをどんどん阻害していきます。

このように、業務を円滑に遂行する能力に欠けていたり、コミュニケーションスキルが無かったりすれば、職場はストレス生産工場です。こうした様々なストレスにさらされ、精神的体力を削られ、心に余裕がなくなると、人は他者を推し測って行動する余裕を失っていきます。そんな職員から見れば、罵声を浴びせてくる利用者は容易に人格を持たない「モノ」へと変化していきます。その先に待つのが虐待です。まずは、普通に業務効率改善の方法を学ぶところから始めないと、業務ストレスはいつまでも抑制できません。

対人支援スキルの向上

今日のしあは手厳しさ5割増しですが、外野から悪口をいいたいわけではありません。社会福祉の仕事はそもそもが簡単な仕事ではないことを知っています。その難しさの代表が「難しい利用者への対応」でしょう。「判断力が低下し、意思疎通困難な利用者を相手にした対人支援」です。しかし、人はいつでも障害を抱える可能性があり、年を取れば誰でも認知機能や判断能力が低下するものです。精神疾患や認知症を併発する場合もあります。つまり、こうした「難しい人」の状態というのは何も特別なことではなく、人生のどこかで誰もが立ち至る可能性のある状態です。まずは、人間に対するこうした基礎理解を胸に刻んでおくことが必要だと思うのですが、それを明確に認識しているのか、認識しないととんでもないことに巻き込まれるという事を知っているのか、その辺りが怪しいと睨むところです。

とはいえ、人はそのような難しい状態に陥ると、思考が混乱し、周囲への配慮がなくなり、人によっては自己中心的な言動が目立つようにもなります。介護職員はそれこそ人格全否定の罵声を毎日浴びせられる場合があるわけですが、何の訓練もなくそのような環境に置かれ続けると、人間は無自覚に簡単に精神疾患に陥ります。仕事だと判っていても、人格否定の繰り返しに晒されたり、支援を「拒否」(ごはんを食べない、お風呂に入らない、薬を飲まない)されると、無意識が反応していきます。拒否だけならまだしも、公平を欠く要求をされた場合、健康を害う行動をされた場合、他者に暴力をふるう場合、どう対処すればよいか?またどう自分の精神的平衡を保てばよいのか?自信をもって職務遂行できる人は、たぶん相当限られるのではないでしょうか?多くの職員は対処するのではなく、ガマンでしのいでいるようです。

ここで爆弾を投下します。厚労省の調査報告によれば、障害者施設において「難しい利用者」に対しては「対処方法が判らなかったがゆえに、昔から暴力で押さえつけるのが日常だった」という記述がありました。事件の施設長の暴行事件、実は特殊事例ではなかったんですね。そんな事件を起こさないためには、こうした対処の難しい利用者への支援能力を高めるしかありません。

では、どんな能力かと言えば、例えば精神科医やカウンセラーが使うような対人スキルです。代表的には「自己覚知」「傾聴・受容・共感」「交流分析」「認知(行動)療法」などがありますが、それ以外にも、生物学・心理学・医学、はては哲学・歴史・社会など人間存在に関する幅広い知識によって相手を理解する幅を広げることも、仕事を楽にすることにつながるでしょう。先ほど例示したように、「難しい状態というのは誰しも陥る可能性のある、普通のことなのだ」という理解があるのと無いのとで、対処する姿勢に違いが出てきます。果てがないと言えばそれまでですが、「人」を相手にする以上、人に関する学びに終わりがないのは自然で普通だと考えるべきかもしれません。それを楽しめる人にとっては素晴らしい仕事ではないでしょうか?

ただ、ここで注意が必要なのは、知識と実践能力は違うということです。サッカーの知識がある事とサッカーがうまい事は全く違うのです。初任者研修などでも理論としては「傾聴・受容・共感」などのカウンセリングスキルも学ぶのですが、ロールプレイングなどでトレーニングする時間はあまりありません。結局、「修得」などしないで終わるのです。厚労省や都道府県が行う様々な研修の中身を見てみると、時間が限られているという事情があるにせよ、それは幅広い知識の説明にはなっていても、本当に必要な「能力」の育成につながるような実践教育にはなっていません。

そんな実情も把握しているようで、厚労省も「スーパーバイザー」構想を立ち上げていましたが、現状では指導者のあまりの少なさにほぼ頓挫しています。そうなると「実践能力の修得」は自主的な取り組みしかありません。そこに事業所の姿勢が現れるようです。例えば、独自に外部から指導機関を招いてトレーニングをしている事業所も少なくないようです。また、やろうと思えばOJTで新人指導することなどはできるはずなのですが、未だに計画さえない事業所があります。このあたりが離職率二極化の原因ではないでしょうか。工夫している施設では「チューター制度」などを導入して成果をあげている一方、そんな工夫がない事業所も多数あるのが現実です。

業務遂行能力・対人支援能力の向上については厚労省も同様の問題意識を持って改善を促進していますので、あとはこれをどう実際に進めていくかということだろうと思います。職務遂行能力が向上して一番助かるのは働いている職員のみなさま自身なので、「自分のために」積極的に推進していただきたいと思います。厚労省や都道府県の指導を待っている必要はありません。必要と感じたなら、主体的に外部の教育機関に相談するのが早道ではないでしょうか?

メンタルヘルス能力の向上

職員自身の精神的健康を守るための施策としては「メンタルヘルスチェックの義務化」が2015年から始まりました。厚労省さま、遅すぎませんか?しかも、それは本当に「チェック」することと、チェックに引っ掛かった職員の医師相談を促進しているに過ぎません。しあは、精神疾患を発症してからじゃ遅いとおもうのですけど。では、そんなメンタルヘルスチェックにお世話にならないようにするためにはどうしたらよいでしょうか?

自分の心や感情というのはなかなか自分でコントロールするのが難しいものです。でももしコントロールするとしたら、まずは自分の心の在り様を知り、それを自分の理性のコントロール下に置くしか方法がありません。このとき、自分の価値観を否定したり感情自体を捻じ曲げると、自己矛盾がかえって傷口をひろげます。自分の価値観や感情どうなっているのか、それを直視し、そのままの自分を認め、そのうえでそれをどう扱うかを考えることが基本です。例えば今は自分の本音をぶつけていい状況なのか、保留して相手の理解に回るべきなのか、表現方法をどうするか、などなど。自分の本音を知っていればこそ調整が可能となります。

これが「自己覚知」の考え方なのですが、自分の感情や価値判断は大事にしていいのだということをまず知るべきです。対人支援の仕事に就く人は精神状態を健全に保つこうした技術を身に付けておくことが大事です。他にも役立つ心理学の研究はいくらでもありますが、自己肯定感に関連して言えば、エリクソンの発達段階理論の理解なども、人間と言う存在の在り様を知ることにより、自分の心を理解するには役立つでしょう。心理学へのとっかかりとしては対人支援職務に直結してますのでおすすめです。ただし、くどいようですが「知識があることと実践できることとは違う」ので、どうせ学ぶなら、とことん納得するまで研究して、実践で役立つところまで修得することが大切だと思います。そして、エリクソンの発達論に限らず、一つのことを底まで掘り下げて理解すると他の研究なども解りやすくなっていることでしょう。

ほかには「アンガーマネジメント」など組織的な取り組みが助けになります。実は効果の上では、このアンガーマネジメントを組織的な仕組みとして構築すると相当に強力です。詳細はいつか別稿でご紹介したいと思います。また、精神的ストレスは対利用者だけでなく対職員間でも発生しますので、「アサーション」や「交流分析」などの人間関係論の理解浸透が組織内のストレスを軽減してくれます。一般民間企業でそこまでのノウハウを導入する必要に迫られるケースは多くありませんが、人間関係のストレスが格段に高い労働集約型組織、看護介護業界においては、積極的に研修会を開催し相互理解を広げる価値があると思います。

また、こうした対人スキルだけでなく、あらゆることにおいて「知識・理解の広がり」が狭量な偏見や負の感情をはねのけてくれます。例えば、認知症の類型にピック病というものがあります(現在は前頭側頭型認知症に内包)。症状としては、社会的マナーや礼儀を守れなくなる、衝動的な行動が増える、万引きや無銭飲食など反社会的行動をしてしまう、同じ行動を繰り返す、同じ食べ物ばかり食べる、自分が病気だという自覚が乏しいなど、異常な言動をするものがあります。これ、病気だと知らなかったら、普通の人は怒り出すかあきれて突き放すかのどちらかだと思うのです。知っているからこそ冷静に対応できるというものです。

病気だけでなく、世界にはあらゆる価値観が存在します。地域や時代が違えば、違って当然なのですが、自分の国の自分の時代のことしか知らなければ、異文化は討滅すべきものに見えるのかもしれません。実際、人類の歴史はそんなんばっかですからね。逆に、様々な時代の、様々な国や地域の価値観を知れば知るほど、自分の価値観も相手の価値観もそのうちの一つでしかないことが見えてきます。対人支援や対人関係において、精神的に無理のない関係を築こうと思えば、相手の価値観を許容(同調ではないですよー)する余裕が必要です。それが無いといつか破綻しストレスの発生源になりかねません。このとき人類全般に関しての知識や理解は、自分の偏見を打ち破り、相手の価値観を理解し許容するだけでなく、共有できる領域を発見するための武器にもなりえるでしょう。

ま、逆に言えば本当の意味で「相手を許容する」とは、やさしさで容赦することではなく、知識と理解に基づき、根拠をもってするのでなければ意味がありません。さもないと、いつか我慢が爆発することになりますよ。

以上メンタルケアについてはこれ以外にも膨大な論点がありますが、それはまた別稿で順番に取り上げたいと思います。職務遂行能力向上の3つ目の柱はメンタルヘルスマネジメント能力の向上ということになります。

以上3本柱で職務遂行能力の改善課題はだいたい包摂しているように思うのですが、抜けていたらご指摘ください。なお、3本目のメンタルケアの改善で取り上げた「自己覚知」「傾聴・受容・共感」「認知行動療法」などのカウンセリング技法や「交流分析」「アサーション」などの人間関係調整論、「アンガーマネジメント」などのメンタルケアについては今後別のお宿で一つ一つ取り上げたいと思います。も少し待ってて下さい。今は虐待事件の全体構造を明らかにすることに集中しましょう。

基礎教育の不足

「2.職務遂行能力の不足」までは、本来出来ていなければならない日常業務遂行能力のお話でした。そこにも大きな不足(個人としてではないですよ。業界全体の平均値として、組織としての力量に欠けていると言っているだけです)があると厚労省も指摘しているわけですが、しあは、大塚施設長の事件の核心は「人権教育の質的空洞化」だと感じています。一番最初に見たように、厚労省の令和6年度調査では、施設従事者による虐待の発生要因として、「虐待や権利擁護・身体拘束に関する知識・意識の不足(75.9%)、倫理観・理念の欠如(64.3%)」などという分析がありましたが、その2つが虐待原因の1位2位でした。それ以外に原因がないとは言いませんが、この人権教育の質的空洞化の問題は影響が大きすぎます。人権の尊重など「判ったフリ」のまま仕事が進められている、ということであれば、同じ事件が繰り返されるのはむしろ自然かもしれません。ここに対人支援職に対する基礎教育の不足、「人権教育の本質的欠落」の問題が見えてきます。

とはいえ、欠落しているのは「人権教育の本質的理解」だけではないようです。介護業界にはそもそも普通に必要な教育自体が無かったり遅れたりしていたのが虐待の原因ではないかとも思うのです。順番に見ていきましょう。

教育の量-教育機会の欠落

事件の施設長さんですね、基本的な組織管理や人材育成の教育を受けてこなかった可能性があります。医療とは違い、国家資格も必要ありませんし、いくつかある資格制度は知識を試すものではあっても、理解や能力を問いません。しかも全く受験しなくとも介護職には従事できるのが現状です。

今から振り返るからわかる話ではありますが、介護業界の人材育成は壊滅的に遅れていました。第一に、業界に人材育成が遅れているという自覚がありませんでした。第二に、人材育成を促進する動機が不在でした。第三に、厚労省の人材育成施策の推進があまりに遅く、後手に回っただけでなく、現場での実効性を疑われるものでしかありませんでした。厚労省様、いつ見ても形式はとても美しいのですけどね。(スミマセン、今日のしあは毒竜最強のカオスドラゴンです)

まあ、判っていてもすぐ実行できないことはいくらでもあるわけです。それは認めましょう。そして厚生労働省はしあなんかが心配しなくても、そうした実態を認識していたようです。それゆえ人材教育の必要性を説き、必死に、しかも腕ずくで人材育成を推進してきたのです。

実は厚生労働省は、この十数年、管理職や指導人材の育成を促進するために、介護職員処遇改善加算を支給してきました。これは一律に給与を加算するものではなく、人材育成のとりくみ、例えば人事制度の構築や研修会を開催した事業所だけに支給するものです。いいことですよね。でもね、この一事をみても、介護業界がいかに人材育成、特に組織管理や教育指導技術を無視してきたかが読み取れるというものです。一般企業であれば、普通は、自らの組織や自分自身のために能力開発に取り組むものです。だから、「業務に関連する研修に参加したら費用を補助する」という制度まではあっても、研修を受けたら給料を上げるなどという制度は論外にして皆無なのです。どんな能力開発するかも個々人それぞれの判断ですので、多くは自腹が普通ですよね。

それが、介護業界では、給与加算をエサにしてでも人材育成を促進しなければならないほど、何もしてこなかった。これが不思議でしあはゴソゴソ調べてみました。なぜ、介護業界は人材育成、能力開発に目を向けなかったのか?

組織管理人材の育成が不要だった介護業界

疑問の答えは見出しの通りです。ま、言ってしまえば身も蓋もない事実が見つかりました。

時代背景

事件の施設長さん、78歳ですよね。だとすると基礎的な組織管理研修・部下指導研修を受けてこなかった可能性が高いんです。(注意:研修会自体が無かったと言っているわけではありません。組織管理と言っても中身が全く違ったという事です。ここで言う「基礎的な組織管理研修」「部下指導研修」の中身については、人によって思い描く内容に差があるように思いますので、近いうちに別稿で取り上げることにしました。も少しお待ちください。)もちろん大塚律代施設長がどうだったかホントのところは判りません。しかし、こうした年代の方々が本来管理の基礎を学ぶべき30代~40代の頃、つまり今からほぼ40年前(1980年代)と言えば、高度経済成長期からバブル期に当たります。日本全体を眺めると、トヨタ・松下等の大企業の先進的事例を除けば、チームで協力してお互いの苦手を補完しつつ生産性を高めようなどと言う人格尊重型組織管理を導入していた中小企業、地域企業など皆無でした。少なくとも人権教育や社会心理学等に基づく組織管理、発達心理学・教育学等に基づく人材育成指導技術などに目が向けられるのはバブル崩壊直前、人手不足倒産等を含めた社会不安が広がって以降のことです。P.F.ドラッカーの「マネジメント」が簡易版としてまとめられ広く読まれるようになったのも2001年以降のこと。なので、大塚施設長が現代的組織管理を学ばずに組織管理者になっていた可能性は大いにありえる話です。そして、このことは、事件を起こした大塚施設長に限った話ではないという、怖い事実の発見でもあります。

行政措置として始められた社会福祉

なお、日本の社会福祉は、行政サービスとして始まりました。公務員の場合、上司の指示に従うことが組織管理の原則であり、業務遂行能力は上司の指示に従って仕事をする中で身に付けていくものでした。なにしろ、職員が思い付きで工夫して行政サービスを実施した場合、それが善意であっても行政の公平性を壊す危険をはらんでいるからです。こうした行政の業務統制型組織管理からみれば、チームをうまく構築し、個々の意欲を喚起しながら協力して仕事を進め、創意工夫によって生産性を高める組織管理技術など、御用がないどころか邪魔だった可能性があります。最近になって、公務員でもいじめ・パワハラが問題化したため、通達によりパワハラ防止や組織風土改善等の人格尊重研修が計画的に実施されるようになりました。しかしそれもごく最近のお話。それに、国家公務員は別として、地方公務員ともなるとあまり実施されていないのが実態のようです。そのせいか、地方に行くほど、パワハラとか権力者による横暴事件など、未だに水戸黄門のような事件が続発していますよね。

また、そのころはまだ介護保険が存在してません。当時の社会福祉は行政による措置(予算と介護人員数の範囲で実施されており、その人にどんな福祉サービスをするかも行政側が決めていた)でした。組織管理や業務管理は市役所などの行政が直接実施していたわけですし、現場の職員に求められたのは身体介護技術や日常業務処理などに限られていました。なので、一部の幹部候補を除けば、組織管理や人材育成技術の研修を受講していた可能性はほとんどないでしょう。新人指導の在り様も体系化されておらず、「見て覚えなさい」が標準的な指導方法だったと言います。使用に耐えるマニュアルなどなかったようです。また、措置というのは、予算範囲と人員体制に応じた福祉を「実施してあげる」という形態ですから、予算や人が足りなければ実施しなかった(と言うより、できなかった)訳です。まあ、「利益を気にせず無理なく予定通り丁寧な仕事が出来て良かった時代だった」と懐かしむ人もいるようですが。主な実施主体の一つだった社会福祉協議会なども基本的に半分公務員ですからね。仕事が少なくとも給与の心配はありません。それゆえ、そもそも組織管理にそれほどの危機感が生まれる環境ではありませんでした。

年功序列と業務統制型組織管理

さて、措置による社会福祉サービスの時代、行政の仕事なので競争も働きません。そこから年功序列の組織風土が固定化していきます。売上に追われることもないので慌てて採用する理由も慌てて人材育成する理由もありませんでした。現場の業務遂行能力さえあれば、それだけで年功序列に従い昇進できる環境がそこにはありました。

事件の施設長さん、78歳ですか。なんというか、報道されている事実だけをみると、そもそも根本的な認知機能や判断力に疑問があるように見えます。「職員と一緒になって継続的に虐待をしていた」って、それはもう、まともな判断力を失っていたとしか見えないわけです。老化や認知症が原因ならまた問題は別ですが、しあにしてみれば、そんな人が社会福祉事業所の責任者だったことこそが一つのミステリーです。でもでも、ここまで歴史的背景を調べてみると、基礎教育も受けず、組織管理力のない人でも年功序列で施設長などの管理者になっている可能性が、介護業界に限ってはあり得るお話だということが見えてきます。

つまり、こうした年代の方々は組織管理や人材育成技術などの教育を受けてこなかった可能性が高く、受ける理由がないだけでなく、動機もありませんでした。仕事は「上が決めたことを指示通りに遂行する」という「業務の管理」が基本で、それ以外の「人の管理」方法など知らなかった可能性があります。

こう考えてみると、以前分析した「離職率が高いままの3割の事業所」のナゾも、少し理由が見えてきます。この業務統制型の組織管理方式は、介護保険が始まる以前の、行政組織による措置の時代から存在している古い社会福祉法人(多くは官僚の天下り先)には色濃く残っていておかしくありません。離職率が高い社会福祉法人などは、こうした統制型の管理が災いしている可能性を疑ってみるべきではないでしょうか?しかも歴史的に見れば、そちらのほうこそ社会福祉行政の源流だったのでした。

介護保険発足と組織管理人材配置の放棄

さて、時代は変わり2000年の介護保険法施行を迎えます。何が起こったかは、本線「0120.介護職員の殺人事件」の中の「介護業界の歴史的特殊性」にまとめておきましたのでご確認ください。要は、行政だけで社会福祉を継続するお金がなくなったこと、行政の一方的福祉サービスには限界があったこと、職員による虐待があっても不満を言いにくかったこと、バブル崩壊以後不景気で労働市場を開拓する必要があったこと、高齢化が急速に進み高齢福祉の人員が不足していたこと、などなどが引き金になって、行政頼りの受身の福祉サービスから、保険システムで国民がお金を出し合い、サービスが必要な時は契約者として対等な立場で福祉サービスが受けられる仕組みに切り替わりました。

厚労省も民間からの参入を強く求め、介護士数も初年度55万人、5年後には113万人と推移していきます。でもね、組織管理の受け皿がないところにこんな急に新人が入ってきたらどうなるでしょうか?あ、結果はもう出てましたね。早期離職者が大量に発生したのでした。こんな急増だと、仮に事前に組織管理人材を育成準備していたとしても、この数を相手にするのは不可能だったことでしょう。こうなると、現実の話し、組織管理人材を必要数そろえることなど最初から諦めざるをえません。ではどうするか?厚生労働省の判断はこうなります。

「経営管理や提供サービスの内容、事務管理の手順はこちらで用意するので、とにかく、現場で身体介護サービスを提供してくれさえすればそれでOK!」

厚労省のこうした手取り足取りの手厚い支援のもとに始めるしかなかったのが介護保険なのでした。また、それだからこそ膨大な民間参入が実現し介護職員の増員も実現したわけです。でもね、これがアダとなります。介護業界はますます組織管理人材の育成から遠ざかっていきます。

いくつか理由がありました。第一の理由は上記の通り厚労省が組織管理を求めず、今まで行政がそうであったように、業務統制管理さえすれば無理しなくともあとは経営が成り立つように環境整備をしたからです。しかしそれとは別に大きな原因がありました。それは、管理人材の育成に時間と費用をかけても、売上にはまったく関係しないということでした。売上は介護保険で定める提供サービス単位で価格が決まっており、提供サービスの質が上がったり、人材育成がうまかったりしても、売上が増大するようなことはありません。逆にどんなにサービスの質が低かろうとも、定められた人員配置基準を満たせばきちんと売上が入ってくる。みなさん、もうピンときたでしょうか?純粋に収益だけを考えるなら、介護士は新人で低賃金であるほうが儲かるんです。景気が悪くて介護業界に求職者があるうちは、長年勤めてそこそこ給料が高い職員が辞めて、給料が安くてすむ新人と入れ替わってくれたほうが利益が出やすいのです。介護の世界は医療とは違い、何の資格もない人でも従事できるのでなおさらです。管理人材を育成し、提供サービスの向上を実現したところで、売上には関係が無い。人材育成研修の費用はそのまま損失にしかならない。そんな制度環境の中、高い離職率と現場の混乱を認識しながらも、それを容認していた経営者がいなかったかどうか?

民間の企業であれば、商品やサービスの低下は競争敗北による売上低下を招きます。なので必死に商品開発やサービス向上を目指します。でも、介護業界にはそんな切実な必要がない。よしんば、サービス品質低下は良いことだと思わなかったとしても、組織管理者育成に時間とコストをかける余裕がなければ当面看過することが可能でした。というか、看過している事業所が未だに3割くらいあるようです。看過しても経営が成り立つからです。

また、厚労省も調査分析したように、現場は現場で圧倒的な人手不足と新人指導にかかる手間から、現場責任者が研修を受けに行く余裕などありません。しかも、せっかく入職した新人はどんどん離職していきます。誰かが研修に参加するとその分を他の誰かが無理してシフトに入らなければなりません。これが当時の労働環境です。それでも積極的に教育研修に時間と費用をかけることができたでしょうか?

さらに、ちょっとオマケです。ここに至っても、介護業界では組織管理人材の不足に自覚がなかった可能性があります。むしろ「組織管理は徹底している。離職率が高いのは、社会人として未熟な人間が大量に入職しているのが原因だ。」「人手が少ないのは、景気が良くて介護の仕事に人が回ってこないからだ」という声が本当にありました。措置の時代の社会福祉を経験していた高齢の経営者の方々の中には、本気でそう思っていた方がいたようです。昔とは環境が違う事を認識できず、受入態勢の問題だとは1ミリも思わなかったようです。こうなると、余裕があったとしても、組織管理人材育成の必要性自体が認識されていないわけですから、改善は全く進まないことになります。逆に言えば、そんな見当違いな判断をしていても経営が成り立つのが社会福祉事業なのですから困ったものです。結局苦しんだのは現場の職員さんたちだけだったのかもしれません。

そんなこんなで、介護業界にあっては、業務統制管理研修はあっても、組織管理人材や教育指導人材の育成は必要とされて来ませんでした。なので必要な組織管理研修の受講経験がない施設長がいても不思議ではないことが判ってきました。実際どうなのでしょう。そんな施設長さんってそう多くないことを願うばかりです。

現場の怒り

しかしそんな中、反転攻勢の動きが次第に巻き起こります。それは介護現場の中で発火し始めます。

大量の新人の参入によって、現場はもちろん大混乱。受け入れ態勢のない中で大量の新人が入ってくるのですから、そりゃあもうー、いじめ、ケンカ、パワハラ、メンタルヘルス失調の修羅場が広がっていきます。どれだけ離職率が高かったか、退職理由のダントツ1位が「人間関係」であったことなどは本線0120を確認してください。しかしながら、それこそが反転攻勢の糸口となりました。

受け入れ側にとって、多すぎる新人の加入は業務効率を格段に落とします。しかも、実技修得を必要とする看護介護現場では、基礎的業務ができるようになるにも数年を要します。国家資格である介護福祉士の資格受験には3年以上の現場勤務が要件となっているのは、そういう意味です。しかし、人材指導能力を持っていなかった介護業界では、1年未満はおろか3か月以内に離職する新人が後を絶ちませんでした。せっかく指導していても次々に離職していく。受け入れ側にしてみれば「徒労」が延々と繰り返されます。急遽の欠員が頻発し、休日返上を強いられることになります。そうして体力的にも、精神的にも、二重三重に過労が蓄積していきます。

ここでさすがに「これはおかしい!」と気づく現場責任者が増えます。介護業界は歴史上はじめて「組織管理」「指導技術」修得の必要性を実感します。ここが反転攻勢の契機となりました。そして、そこを見計らっていたかのように、厚労省の人材育成施策が登場します。

厚労省の巻き返し

厚労省としても状況を放置できない理由がいろいろありました。高齢社会到来で要介護者が急増し必要な介護人員の増員が求められる中、入職者はそこそこ増えていたのに、負けないぐら離職者が発生しました。これは放置できません。また、介護看護職員による虐待や殺人、職員自身の精神疾患発症や自殺等の労災案件の増加です。いじめ、パワハラ、虐待問題は介護業界に限らず日本中どこでも問題視されるようになっていましたが、介護業界においてもうなぎ上りでした。後手を踏んでいることは最初から自覚しつつ、厚労省は指導人材・管理人材の育成に精力を傾け始めます。

それが一つの形として打ち出されるのが、介護福祉士キャリアパス制度ですが、法律上のスタートは2012年、介護保険が始まってから12年後、研修会が県単位で実施され実働するようになるのがその数年後からです。そこで初めて「指導人材」や「管理人材」への道筋が紹介されています。その際、厚労省は、県や全国社会福祉協議会などが主催するキャリアパス研修会への参加を処遇改善加算要件の一部とすることによって、参加を促すことに一定確率成功しています。

ただし、それで一気に組織管理体制が改善されたわけではありませんでした。キャリアパス制度という考え方や必要な知識能力が何であるかを知ることはできたかもしれませんが、そのキャリアパス制度が個々の事業所にあるかどうかは全く別問題でした。それでも、やっとここで「組織管理」「人材育成」という言葉が取り上げられたわけです。それまでの介護士の研修会と言えば、介護実践の知識技能しかありませんでしたので、やっと一歩を踏み出したことになります。とはいえ、受講者は主任係長以下がほとんどで、一番頭を切り替えて欲しい経営管理者層はほとんど参加していません。

それでも2016年頃になると、若手の中堅職員の方々を中心に現場の組織管理上の必要性から研修を活用する大きなうねりが始まっていきます。なにしろ一番ダメージを受けているのは現場だったからです。ここに至って初めて、人材育成や研修会に対して「必要性、動機」が生まれます。その成果は、次第に離職率低下の実績となって現れたのは本線で示した通りです。ただし、離職率30%を超える頑迷な3割の事業所が残り、全体としては二極化が進んでいきます。

さて、ザックリ厚生労働省の人材育成推進の動きを見ていただきましたが、いかがだったでしょうか?いい方向に進みつつあるのでしょうけど、介護保険開始当初から組織管理人材や指導人材の育成について動いていたわけではないようですね。どう見ても遅すぎです。まして、内容がいまだに「メニュー紹介レベル」に過ぎません。「実際の能力開発や実践技術については、各事業所で深堀してくださいね」ということらしいのですが、そこから先は各事業所の判断に左右されることになります。もちろん、積極的に取り組んで離職率をおさえ、サービス品質向上を実現した事業所も多数生まれました。しかし、どんな選択するかはあくまで各事業所の自主判断です。何割かは旧態依然のままであることは数字が示している通りです。

こうして、ここまでの経緯をみると、70代の施設長などが組織管理者として必要な教育をキャリアのどこかで「必ず受ける」ような仕組みがあったわけではないことが判ってきました。厚労省が制度として具体的な動きをみせ始めるのも2014年度以降のこと。結果から言うのは卑怯かもしれませんが、教育推進の遅れやアナがあったことは否定できないでしょう。もしかして、初めて経験する介護保険制度発足だったので、人材育成や組織管理上の問題が発生することを読み切れておらず、組織管理教育などしなくとも措置時代からの行政的業務統率管理で乗り切れると思い込んでいたということはないでしょうか?厚労省も官僚組織ですからね。

実のところ、しあはこの辺りを一番疑っています。そして、ここに事件が繰り返される構造要因の一つがあるように感じています。

教育の質-人権問題の根本的理解の欠落

とはいえ、厚労省が人材育成に消極的であったことは一度もありません。経営者層や組織管理者層に対する教育には欠落や遅れがあったとはいえ、大量に入職してくる新人に対しては2重3重に受講を勧誘する教育制度がありました。初任者研修とか実務者研修と呼ばれるものですが、その理解と受講が国家資格である介護福祉士の受験要件となっていたからです。国家資格を取らなくとも仕事に従事はできるのですが「介護福祉士の資格を取っておくと、将来何か有利なことがあるかもしれない」とそそのかしていたのでした。

そこでしあは、こうした初任者研修の中身を調べてみたのですが、なんと!組織管理や育成指導の項目は入っていなかったものの、そこにはきっちり人権教育が盛り込まれていたのでした。受講カリキュラムを調べてみても、相当の時間が割かれています。また、医学や認知症、カウンセリングスキルについても、きっちり取り扱っています。正直、初期教育としてはこれ以上望めないほどの充実ぶりでした。しあは、人権教育の質的欠落が原因と睨んでいたので、ここで「読みがハズレタ~」と「反省」をしてしまいました。

でも・・・、悔しくて本気で読み解いていくと、しあはあることに気がついてしまいました。

・あれ?結論はたーくさん書いてあるし、倫理綱領を読み合わせたりもしてるけど、「なぜ?」という説明が少なくない?
・初期教育にしては、学習範囲広すぎない?基本項目に限っても、基礎を根本的に理解するには時間足りなくならないのかな?
理解と信念の間

いつ国連の人権宣言が採択されたかは書いてあるけど、なぜそれが出来たかは説明がサラリとしかありません。当然そうした国際法が出来る前の世界はどんな状態で、世界各国はどんな価値観を持っていたかの説明もない。厚労省の手引きも、いきなり「命の重さは障害の有無によって少しも変わることがないと言う『当たり前の価値観』を社会全体で共有し・・・」と語り始めます。しかしここでも、なぜ「当たり前」なのかについてはすっ飛ばして話が続いていきます。何気なく読んでいると何の抵抗もないところですが、これ、いわゆる「落とし穴」というものではないでしょうか?

人権のお話についても、普通に生活していて普通の精神状態でこうしたお話を聞いている分には「そうだよねー、当然だよねー」と受け止められると思います。ここの授業で「それおかしくないですか?」などと手を挙げる人がいたら、たぶんその人がおかしい。でも、例えば、自分が精神的に追い込まれて余裕がなくなった状態でも、こうした価値観を手放さず、相手や周囲の人の人権を配慮することができるかどうかは、相当疑っておくべきかもしれません。

追い詰められた状況でも変わらない自分自身の価値観、これを仮に自分の「信念」と呼ぶとしましょう。それは誰かから押し付けられたものでなく、自分の力でつかみ取った理解であり価値観であるに違いありません。そういう信念ならば、環境が厳しくなっても、むしろ自分の判断基準の原点として思いを強くするものでさえあるでしょう。では、人権尊重の価値観は、そのようなものとして初期教育において指導されているでしょうか?しあの最大の疑念はここにあります。

そしてここが問題です。人権尊重の本質的理解なしに、例えば認知症や障害を抱えた人が理不尽に自分を非難したり拒絶したとしても、自分は相手の人権を尊重して対応することが出来るでしょうか?

しあは、ここだけは宣言します。普通はできません!なぜなら、例えば人間の脳の中には「公平原理」が組み込まれており、それを破るものに対して処罰感情が沸くようにできているからです。

公平原理・・・「強い互恵性(Strong Reciprocity)」

強い互恵性とは、

  • 協力する者には報いる:協力→報酬
  • 規範違反者は自分が損してでも罰する:裏切り→処罰

という本能的傾向です。(詳しくはまた別稿で取り上げます)

人は、社会の公平を破り、身勝手なことをする人間を見つけるとそれを制裁したくなります。それが自分とは関係ない芸能人の不倫報道であっても、SNSには匿名で誹謗中傷が集まります。匿名だと自分への跳ね返りがないので、なおさら安心して攻撃します。そして、「自分は正義を行使している」という高揚感を伴って「喜び」を感じるようにできています。このとき脳内には脳内麻薬とも言われるドーパミンが放出され、快楽に満たされます。さらにそれは中毒性を持っています。これは本能を基盤に社会文化の影響を受けて定着してきた「進化的適応機能」なのですが、おおざっぱに言って本能なみに強力に人間の素朴感情を支配しています。具体的に言うと、介護の現場で「せっかくこちらでお薬を用意してあげているのに」いきなり手で払い除けられたりしたら、人間の脳は処罰感情を発火させるようにできているということです。

なので、知識としては人権が大事だと理解しても、公平原理に抵触する状態に直面した時、自分をコントロールできるかどうかは別問題といわなければなりません。

もちろん「それをコントロールするのが対人支援職の仕事でしょ!」と言われれば「はいがんばります」と答えるしかないのが現実でしょうが、それで心理的ストレスが消えるわけではありません。この隠し続けた矛盾はその仕組みを理解しない限りいつか限界を迎えます。限界を迎えてから「リフレッシュ!」といって気分転換する手もあるのでしょうが、最初から自分の心理メカニズムを理解し、自分のコントロール下においてストレスを溜めない仕事をする方が、幸せなのではないでしょうか?

知識研修と価値観形成研修

おそらく、対人支援職の初期教育に必要なことは「知識としての人権尊重」ではなく、なぜ、それが大切なのか、その理由の重さを感じてもらうための情報提供とアクティブラーニングです。結論は出なくとも、少なくとも「自分の宿題」として自分で考え続けることを促すものでなければなりません。その観点からすれば、いきなり「人権尊重は当たり前」「虐待防止は当たり前」として話を進めてしまうのは、本質的理解からどんどん遠ざかるお話だと思います。

テキストは十分立派過ぎるくらいの内容(筆者見て驚きましたよ。日野原医師を筆頭に先賢魔導士がずらりと並んでいます。)なので問題ないと思うのですが、それを新人教育でどう使って、どう教えているか?そこにメスを入れざるを得なくなりました。

研修会での教育実態

でもねー、こればっかりは、体験しないと皆目見当もつきません。様々な教育機関がそれぞれ違った教育課程を設けているので、どこでどんな指導をしているかを調べ上げるのは、しあの能力の限界を超えていました。講師陣の指導研修会の議事録がないか探してみるのですが、これは各教育事業者の裁量範囲なので入手する方法はまだ見つかっていません。講師の個別判断次第という可能性が高いように思われます。

初任者研修については厚労省も指導指針を示しています。虐待事例を取り上げて、それをどう防止するか、情報提供、事例研究、グループ討議などが実施されるようです。きわどいお話になりますが、それが、「当たり前」の追認になっていないかどうかはその場にいないと判りません。だって、虐待はどうかと尋ねられれば誰しも「ダメ」と答えるに決まっている話だからです。というより、介護士に限らず、どこの誰でもいけないことだと知っています。

問題は、ダメなことを知っているのになぜ虐待が起こるのか、その本質的理由を知る事ではないでしょうか?それを知らないから虐待は発生し続けています。それを知らないから、気が付くと自分が虐待してしまっているのです。

そもそも、「普遍的人権論(それまでの人権論では奴隷などは除外されていた)」自体が国際的規範になったのは第二次世界大戦後のことです。ナチスのユダヤ人虐殺の理由の一つとされた「優生学」自体は、イギリスでもフランスでもアメリカでもスウェーデンでも普通に是認されていました。それ以前になると、戦争で他国を侵略して領土を奪うものこそ英雄とされ、いざとなれば異民族異国人を虐殺の対象にすることなど、お互いに、ためらいのない世界でした。歴史の事実だけを見れば、普遍的人権尊重を謳う現代の方がとっても特殊な状況だと言わなくてはなりません。なぜそうなったのか?その仕組みを知らなければ、人権尊重と言う価値観を自分でコントロールすることなどできません。(人権については別のお宿で詳しく取り上げます。)

果たして、講師の皆様はそこをきちんと教えてくださっているのでしょうか?

資格試験

介護職員実務者研修のカリキュラムにおいては、「テキストを自宅で読むこと」「その単元の内容理解を確かめるためのWeb上の設問(5つの中から正しい文を選ぶこと)に応えることで単位履修を認め、資格を授与できること」が認められていることが判りました。要は実技領域を除けば「テキスト読んだらOK」というのが実務者研修の仕組みのようです。また、この、「5つの中から正しい文を1つ選ぶ」というのは国家試験である介護福祉士の試験も同じです。一概に言えないかもしれませんが、この資格制度、単なる知識の試験になっていないでしょうか?介護福祉士試験の実際の問題を見ると、ピアジェの前操作期が具体的にどんな段階なのか、子供がどんな特徴的な行動をとるかを知らなくとも、4段階の2段階目が「前操作期」だということを知っていれば正解を得られるような設問であったりします。もし異常があったとき、どこに原因があるのか、どう対応すべきなのか、そんなレベルの設問は出てきません。また、人権にかかわる設問は約120問中1問か2問ですが、全問中の約6割正答すれば合格できるようです。

ということで、少なくとも、資格制度の枠組みの中では、人権尊重の本質的理解を確かめる仕組みはないようです。

まとめ

以上、虐待防止対策3つの領域の3つ目、「基礎教育の不足」の中の、「教育の質-人権問題の根本的理解の欠落」について眺めてきました。もとより、虐待増加という事実結果から見れば、人権問題の根本的理解に欠落があることは厚労省の調査自体が指摘しているところです。残念ながらその原因の一つが介護職員の初期教育における人権問題の根本理解の「指導の」欠落である確定的な証拠を見つけることはできませんでした。しかし、状況証拠を見渡す限り、初期教育の指導方法がどうであるのか、検証と検討の必要はありそうです。継続的に調べてみようと思います。

まとめ

今回の分析は、厚労省が実施している虐待分析調査結果に対する後追いの理由付けを探す旅になってしまいました。結論自体は出ているのですものね。ただ、少しでも原因の源流に近づくことで、的確な対策ができればいいな、と思い調べてみました。事件の施設長の件はどこかに行ってしまいましたが、その事件を業界が抱える問題の象徴としてとらえ、原因分析と対策を見てきたわけです。

結局、現代的な組織管理能力を持つ人材を育てること、業務効率を上げて仕事を楽にすること、専門領域の対人支援スキルをレベルアップして自信をもって仕事に臨めるようにすること、初期教育において人権尊重の根本理解をしっかり促すこと。考えてみれば当たり前の結論にまとまったように思います。それが出来ていないから虐待問題が起きている、と言っているのはしあではなく、厚労省の調査分析でした。

ここまでわかっているなら、あとは犯人捜しすることではなく、対策をどんどん進めることでしかないのかもしれません。しかし、実際には虐待の要因を理解しておらず、目の前に問題がある事に気付いていない経営者、管理者がいたりするわけです。そういう気づきのない人たちとも相互理解を進めていくためにも、こうした虐待の構造理解は役立つのではないでしょうか?

気が付けば、誰も読まないほどの長さになってしまいましたが、もともとはしあの覚書として作成しているブログです。それは気にしないことにします。もし、こんな調子の文章を最後まで読んでいただいた人がいるなら、お伝えしたいことがあります。しあのブログは著作権を放棄しています。転載自由です。また、お便り欄でも使って、どんどん間違い指摘やご批判いただけたら幸いです。内容をより良いものしていくお友達ができたらうれしいです。ではまた次のトピックでお会いしましょう。さようなら。